
こんにちは、松田栄子です。東京で訪問看護の仕事を始めた頃、私にあった臨床経験は手術室での仕事でした。病棟で働いた経験はありません。そこから長いブランクを経て、ご自宅へ伺う仕事を始めたのですから、不安はいっぱいありました。
三鷹市の訪問看護指導事業で、週に数日、自転車で利用者さんのお宅を回る。下の子を保育園に預け、上の子は小学校へ。私も仕事へ出かける。そんな毎日が始まりました。
訪問の前に、家で練習
忘れられないのが、清拭です。体を拭いてきてと言われても、私は自信がありませんでした。そこで前日に本を読み、夫に寝てもらって、家で練習したのです。
一生懸命やっていたつもりですが、途中で寒いからもうやめてくれと言われてしまいました。受ける側にとっては、そうですよね。手順を追うことに精いっぱいだった私の、訪問看護の始まりはそんな感じでした。
復職前には、保健師さんに、どんな本を読んでおけばいいのか、何を勉強したらいいのかと相談もしました。自分に足りないものが気になっていたんですね。
その保健師さんは、これから働いていくうちに、いずれもっと仕事をするようになるわよ、という趣旨のことを言ってくれました。当時はパートで働くことしか考えていなかったので、そんな先の自分は想像できませんでした。
家で暮らすために、一緒に考える
当時、私が関わっていたのは、比較的状態の落ち着いた療養中の方への訪問でした。ご本人とご家族が、家でどのように生活していくか。そのことを一緒に考えていました。
介護をしているご家族の話を聞く。利用者さんとリハビリをする。研修にも行く。分からないことはたくさんありましたが、一つひとつが新鮮で、悩むことすら面白く感じるほどでした。
家の中には、その方の毎日があります。ご本人だけでなく、ご家族にも暮らしがあります。その中へ入れていただいて、一緒に考える仕事。訪問看護の面白さを、私は少しずつ知っていったのです。
看護を届ける仕事が、形になっていく
そうして働いていた頃、訪問看護ステーションという仕組みが生まれました。近くの病院にもステーションができ、仲間の訪問看護師たちと、どんなものなのだろうと興味津々でした。
お宅へ伺って看護を提供し、その看護に対して料金をいただく。そのことが、私にはとても大きな驚きでした。自分たちの看護が、一つの仕事として社会の中に形を持つ。その変化を、身近なところで感じたのです。
このとき、まさか自分が後にステーションをつくるとは思っていませんでした。まずは目の前の訪問。自信のなかった私も、その一件一件を重ねていました。
横浜で、もう一度仕事を探す
三鷹市での訪問看護が楽しくなっていた頃、社宅の都合で引っ越すことになりました。移る先は横浜。生活が変わるたびに、仕事の続け方も考え直さなければならなかったんですね。
しばらく東京の仕事を続けましたが、通うにはやはり遠い。横浜にも同じような仕事があるのではと、地域の窓口へ相談に行きました。そのときは空きがなく、連絡先を残して帰りました。
保健師さんから届いた、次の仕事
しばらくして、保健師さんから紹介をいただきました。あざみ野の医院で、在宅医療と老人デイケアを始めるので、看護師を探しているというのです。
面接に行き、私はそこで働くことになりました。介護保険が始まる前の、医療保険によるデイケアです。既に出来上がった仕事に入るのではなく、一からつくっていくことになりました。
先生と一緒にデイサービスの見学に行き、少しずつ準備する。手探りでしたが、その場で考えて動かしていくことが、私には面白かったのです。
みんなで話して、笑って、歌って
広い場所ではありません。利用者さんも数人の、小さなデイケアでした。輪になって挨拶をして、サイコロトーク。初恋、ふるさと、ちょっと恥ずかしい話。利用者さんもスタッフも、ボランティアさんも、一緒に話しました。
体操をして、歌を歌って、風船バレー。牛乳パックではがきを作ったり、おやつを作ったりもしました。私も元気に、飛んだり跳ねたり。次は何をしたら楽しんでもらえるかな、と考える毎日でした。
利用者さんに喜んでいただくのはもちろんですが、ご家族が、自分の時間を持てることを喜んでくださったのも覚えています。ここで過ごす時間が、ご家族の生活にもつながっているんですね。
隣にいてくれる人の力
医院の先生が声をかけてくださり、地域のボランティアさんも来てくれました。お茶を出す。話を聞く。隣にそっと座る。食事の配膳や片付けを手伝う。その距離感がとてもよくて、場の空気がやわらかくなりました。
ケアをする側、受ける側。その関係だけでなく、隣人のように一緒にいてくれる人がいる。今振り返っても、あの存在は大きかったと思います。
帰りたいという気持ちが強く、言葉で説明しても落ち着かなかった方が、みんなで歌い始めると一緒に歌ってくださったこともありました。こちらの説明を重ねるだけでは見えなかった、居心地というものを考えさせられました。
何を用意するかと同じくらい、どんな時間を一緒に過ごすか。小さなデイケアでの日々は、私にとって貴重な学びでした。
そうした仕事の様子を、紹介してくださった保健師さんにも報告していました。そのつながりから、今度は訪問看護ステーションの管理者をやってみないかという、思いがけないお話が届きます。
次回は、管理者としての仕事と、看護を続けるために経営を学んだ日々についてお話しします。
文:創業者・松田栄子
※この記事は、松田栄子の過去のブログと動画での語りをもとに、本人の一人称で再構成しています。


