
こんにちは、松田栄子です。あざみ野の医院で働いていた頃、保健師さんから、都筑区医師会で訪問看護ステーションをつくるというお話をいただきました。管理者をやってみないか、と。
最初は、管理者なんて自分には無理だと思いました。ただ、場所を聞いて行ってみると、自宅からとても近かったのです。子育てをしながら働く私には、それが大きな魅力でした。
最初から、管理者志望だったわけではなく
面接でも、パートでも構わない、近くで訪問看護ができれば十分だという話をしました。それが、結果的には管理者として働くことになったのです。
私とパートの看護師二人で、勤務時間を合わせて2.5人分という小さな体制でした。事務の方や、立ち上げを手伝ってくださる方たちと準備を進めました。
当時は下の子も小学校に上がっていました。今振り返ると、自信満々で引き受けたわけではありません。まず経験してみよう、やってみよう。そんな気持ちで始めた管理者の仕事でした。
訪問看護から、四つの事業へ
その後、介護保険が始まるという大きな変化がやってきました。研修に出かけても、これから制度がどう動くのか、現場で何を準備すればよいのか、みんなが探りながら進んでいる時期でした。
私は訪問看護に加え、訪問介護、居宅介護支援、福祉用具の事業の立ち上げにも関わり、四つの事業をまとめるようになりました。必要な書類をつくり、人員や物品を整える。申請が一度で通ることばかりではなく、修正して、また相談して。その繰り返しでした。
制度に沿って事業を動かすとはどういうことか。役所の方とのやり取りも含めて、ずいぶん勉強になりました。利用者さんが困らずにサービスを使えるようにする。そのためには、訪問先での看護に加えて、こうした準備も必要だったのです。
顔が分かる、名前を呼べる関係を
介護保険が始まった頃、地域の連携の場として「ケアネットつづき」を立ち上げました。医師会の先生方の協力を得ながら、区役所の担当者や、地域のさまざまな事業所の方に集まっていただきました。
月に一度、それぞれのサービスについて知る機会をつくったり、事例を検討したり、先生を講師に招いて勉強会を開いたりしました。
集まった後には名刺を交換し、利用者さんのことを相談する。そうやって、名前を呼んで話せる関係ができていきました。一つの事業所だけでは支えきれない暮らしを、地域の人たちと一緒に考えられるようになっていったのです。
小さなステーションの管理者として始めた仕事が、事業づくりや地域のつながりへと広がっていく。忙しさの中で、訪問看護はどうあるべきかという問いも大きくなりました。
仕事と子育てをしながら、学ぶ
医師会で在宅の事業を育てていた頃、仕事と子育てに加えて、私は大学でも学んでいました。今振り返ると、よくやっていたなと思います。でも、知りたいことがあったんですね。
まずは大学の通信教育で学び、学位を取りました。大変だったのは、自分で履修や日程を組むこと。必要な単位を考え、仕事の予定と合わせて、スクーリングや試験の計画を立てる。その段取りができれば、学ぶこと自体は楽しかったのです。
現場で生まれた問いを、大学院へ
介護の分野にさまざまな事業者が入ってくる一方で、訪問看護をどう広げ、どう続けていけばいいのか。私はずっと考えていました。
訪問看護事業の経営とは、いったい何だろう。
調べる中で出会ったのが、バランスト・スコアカードという経営の手法でした。それを学べる先生を探し、日本大学大学院の高橋淑郎先生に連絡を取りました。自分が訪問看護の経営を学びたいと思っていることを伝え、受験を経て、修士課程に進むことになりました。
現場で抱えた疑問を、もう少し深く考えてみたい。その思いで始めた、仕事をしながらの2年間でした。
分からないことを、そのまま聞ける時間
一緒に学ぶのは社会人の方たちで、人数も少ない環境でした。科目によっては、先生と一対一の授業になることもありました。
分からないときは、すみません、それがよく分からないんです、と聞く。教えていただいて、また考える。そんなやり取りができたことは、とてもありがたかったです。
学ぶことが楽しくて、修了時の成績はオールS。首席でした。といっても、その年の修了生は5人なんですけどね。それでも、仕事を続けながら取り組んだ自分には、嬉しい結果でした。
答えよりも、話し合う過程に学びがあった
研究では、学んだ手法を実際の職場で使ってみました。ただ、私一人が勉強するのと、職員と一緒に取り組むのとでは、話が違います。職員の時間も必要ですし、理解を得ながら進めなければなりません。
担当の先生にも協力していただき、どうすれば事業をよくできるか、どうすれば働きやすくなるかを話し合いました。付箋に書きながら、ああでもない、こうでもないと考える。その中で、私自身が気づかされたことがあります。
出来上がったものだけでなく、みんなで話し合いながらつくっていく過程が大切なのだということです。組織の目標を考え、現場の声を聞き、また考える。経営を学ぶことは、職員とどう向き合うかを学ぶことでもありました。
現場で看護をする。事業を続ける。職員が働く。別々に見えていたことが、私の中でつながっていきました。
そして、自分の資本で、看護の事業を一からやってみたいという思いへと進んでいきます。
次回はいよいよ最終回。独立後のつまずきと、みよみよ看護の開設までをお話しします。
文:創業者・松田栄子
※この記事は、松田栄子の過去のブログと動画での語りをもとに、本人の一人称で再構成しています。


