
こんにちは、松田栄子です。医師会で四つの在宅事業に関わり、経営も学んできた私ですが、その後の独立が順調だったかというと、そんなことはありません。最終回は、独立後のつまずきを経て、みよみよ看護の開設を迎えるまでのお話です。
医師会では、12年間仕事をしました。先生方や職員、地域の皆さんと事業を育てた時間は、私にとって大きな経験でした。その中で、自分の資本で看護の事業を一からやってみたいという思いが強くなっていったのです。
看護の自立を、自分の仕事として考える
看護が看護として自立するためには、経営する組織も自立してこそではないか。私の中には、そんな問いがありました。
それは、医師会で働くことを否定する話ではありません。私自身が、自分で資本を出し、事業を担う立場でやってみたくなったということです。現場で大切にしてきた看護を、経営の責任と一緒に引き受けてみたい。そう考え、退職を決めました。
ただし、気持ちが決まったからといって、何もかもうまくいくわけではありませんでした。
三人ならできると思っていたけれど
最初は、ほかの訪問看護ステーションの管理者仲間と、三人で起業することになりました。準備にも時間をかけましたし、それぞれに経験がある。三人でやれば、最初からある程度の規模で始められるのではないかと考えていました。
周りから心配する声もありましたが、看護への思いを共有しているから大丈夫だと、そのときは思っていたのです。
ところが、実際に事業を動かしてみると、うまくいかないところが出てきました。結果的には半年ほどで、それぞれ別の道を歩むことになりました。初めに投じた資金も、回収できないままでした。
経験があることと、一緒に事業を続けられることは同じではない。そのことを、自分の身で知ることになりました。誰か一人のせいにできる話ではなく、私にとっても大きな失敗でした。
次の一歩のために、働く
それでも、次は自分で始めようと思いました。ただ、そのための資金が足りません。そこで、有料老人ホームで夜勤のアルバイトをし、開業に向けたお金を準備しました。
その現場も、私には学びのある場所でした。医療的なケアを必要とする方が施設でどう暮らしているのか。介護職の方たちは、どんな思いで仕事をしているのか。働きながら、そうしたことを見て、考えました。
失敗した経験を、この先に生かしたい。負担を引き受けた分だけ、そこから学んだことを自分の力にしていきたい。そんなふうに受け止めながら、次の準備を進めていきました。
私の創業は、一度の決断で真っすぐ進んだ物語ではありません。つまずいて、働いて、また考えて。その先に、小さな訪問看護ステーションを始める日が待っていました。
2009年3月、みよみよ看護を開設
訪問看護ステーション「みよみよ看護」を開いたのは、2009年3月。最初は、常勤換算で2.5人という、小さな体制からの出発でした。
開設直前まで、心配をかけながら
開設を間近に控えた頃のブログを読むと、当時の様子がよく分かります。パソコンのネットワークをお願いしていた方から、開業直前の事務所には見えない、間に合うのかと心配されていました。
私は余裕のある顔をしていたようですが、内心には不安もありました。それでも、大丈夫、なんとかなる、と返していたんですね。
そこへ大家さんがやってきて、開設に合わせてお花を頼んでおくと言ってくださいました。準備を手伝ってくれる人、心配してくれる人、門出を祝ってくれる人。自分で始める事業でも、周りの人たちに支えてもらっている。そんな船出でした。
早くも、仲間を探し始めることに
2009年5月のブログには、開設2か月でほぼ手いっぱいになったので、看護師を募集したいと書いています。週に3日ほど働ける方に来ていただきたい、という募集でした。
そこには、こんな言葉も残しています。
「訪問看護未経験でも大丈夫です。ゆっくりと研修をしていきましょう。」
これは、開設当時の私から、まだ出会っていない仲間への呼びかけです。自分自身も、長いブランクと少ない経験から訪問看護を始めました。働き始めるときの不安も、そこから広がる面白さも知っていました。
利用者さんのお宅へ伺い、その方を前にして、頭を働かせ、体を動かす。その仕事を、一緒にしてくれる人を探していたのです。
一件一件の訪問が、事業を育てていく
開設から1年がたったとき、私はブログに、看護の楽しさと面白さを再確認できた一年だったと書きました。忙しくても、訪問して利用者さんを前にすると、夢中で看護をしている。その一件一件が、看護の力を高め、経営にもつながるのだと感じていました。
もちろん、順調なことばかりではありません。職員との出会いや別れもあり、少しずつ積み重ねていった日々でした。後に振り返ると、ようやく軌道に乗ったと感じたのは、3年ほどたった頃です。
それでも、訪問の中に、また考えたくなることがある。工夫したくなることがある。私にとって、看護はそういう仕事でした。
父の言葉をきっかけに取った資格が、子育ての後にもう一度働く道を開き、人との出会いが次の仕事へつないでくれました。そして今度は、自分が仲間と働く場所をつくることになったのです。
ここまで読んでくださって、ありがとうございました。私の歩みを通して、みよみよ看護の始まりにあった、看護を面白がり、学びながら続けていく気持ちが伝わったら嬉しいです。
文:創業者・松田栄子
※この記事は、松田栄子の過去のブログと動画での語りをもとに、本人の一人称で再構成しています。


